社長の部屋CEO's ROOM

03.随想編

「新人の頃」その4

2015.07.27

 未だパソコンも仕事導入されていない時代だったが、出始めのBASIC言語のパソコン(まだパーソナルコンピューターと呼んでいた時代)を給与の2倍出して購入したのを憶えている。新しい技術には飢えていた。九州の田舎工場の片隅で遅れていく不安があった。気前よく自前の金と時間を注ぎ込んだが、たちまち虜になった。これは人間の考え方を整理し、法則さえつくれば間違いない仕事を早くやってくれる。面白いオモチャであり帰宅すると夜はパソコンに熱中した。

 遊ぶうちに仕事に使うのが一番面白いと思うようになり、当時作っていたバケットコンベアの設計プログラム作りに熱中した。会社に持ち込んでシミュレーションして見せても理解を得られなかった。何回かやって見せているうちに全社にパソコンを導入し始めようということになった。私の部署にもやっと当時の新型パソコンが届いた。松下電器のそのパソコンは、流れの主流でもなく不満はあったが、早速実務に使うべくBASICでプログラムを作ることに取り掛かった。

 少なくともプログラム入力は、会社でやってよいれっきとした業務となり、早速設計プログラムの完成に取り組んだ。練りに練っていた構想であり、短期間に作り上げ部品の規格化も進め、あっという間に間違いない設計が出来るようになり、大きな利益に貢献した。収入増はわずかだったが(笑)

 もしこのパソコンと学生時代に出会っていたら、きっとこのプログラム開発の道を選んだだろうとその頃思ったが、ちょうど結婚もした時期にその切り替えは出来なかった。

 後日談だが私の退職後もそのソフトは使われ続けたが、計算法もプログラムも我流で作った為、やがて社内で発展させることも出来ず設計の根本が忘れ去られて行き、やがてその分野から撤退したと聴く。標準化で手に入れた削減時間を、進化とその先の装置分野へ向かいたかったが、若い私からすれば変化が遅くやがて職場を去ることとなる。

 4年目の夏だったか体重が3カ月で10?以上落ち歩くのがフワフワするくらい軽くなって、異常に喉が渇いて堪らない状態となって少し不安を持ちながら働いているうちに、工場の屋根直下の機械の上で目の前が真っ暗になって、もうろうとなった。どうにも現場で歩けるような状態に戻れないので早退し車を運転して帰った。その時の状態は、「今、車が衝突したらドア開けて逃げ出せないかな」と思いながらの運転だったのを覚えている。数日後に分かったのが甲状腺機能亢進症、酷くなると激ヤセ、異常発汗、せっかちなどだが、今の体型から見れば想像できない(笑)

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