社長の部屋PRESIDENT ROOM

随想編

今日の言葉

2016.08.05

今日の言葉 「人が我が為に善なるを恃(たの)まず」
(解説) 古代中国の宰相韓非子の言葉だったと思う。よくわが身に言い聞かせる言葉でもある。あまり多くを語る必要はないと思う、噛みしめて欲しい。他人や親兄弟、組織が自分の為に遣ってくれる事は多くのものを期待し、自分は他人の為には最低限の事しかしない日本人が増えてきたと思わないか。そんな世の中だからこそ人を当てにするなと云うことだ。自分の失敗を他人のせいにしない大人であるなら。

今日の言葉 「やれなかった、やらなかった、どっちかな?」
(解説) 確か相田みつおの言葉と思う。よく私の心の中に浮かぶ言葉のひとつだ。「するひまがなくてやれなかった。」と言い訳を心の中で呟こうとする時、「本当はやらなかっただけじゃないの?」ともう一人の自分がささやく。「いいや、本当にやれなかったんだ。」と言い切れることが少ない未熟な自分だ。

今日の言葉 「なんとかなる」
(解説) ごくごくありふれた言葉である。むかしむかし、一休禅師が臨終の場で弟子を集めて「私が死んで本当に困ったときにはあの長持ちを開けなさい。」と言い残して無くなった。お寺の運営がどうにもならなくなったとき弟子たちはその言葉を思い出し長持ちを開けた。その時長持ちの中にはただ一つ「なんとかなる」という書が残されていた。弟子達は我に帰って改めて努力を尽くし、遺言どおりなんとかなり、その難局を切り抜けたという。
 私もこの十五年で何度もこの言葉に救われた。絶望の淵で「なんとかなる」と思うように気持ちの切り替えが出来て心に余裕が出来たとき難局は解決されてきた。「もうどうにもならない」から「なんとかなる」まで文字では簡単だが、精神状態の距離は太平洋を隔てるほどのものがある。常に自分の気持ちを「なんとかなる。」に留める事が経営者には必要なこと。いや、どんな小さな組織のリーダーにも求められることだ(一家の主にも)。同様のことを上杉鷹山は「成せばなる。成さねばならぬ何事もならぬは人の成さぬなりけり。」といったが、「なんとかなる」の方がなんとかなる気がするね。どこかを回覧中であるシャクルトンの本の言動にも似てないか。

今日の言葉 「動機善なりや、私心なかりしか」
(解説) 今回は京セラの創業者稲本和夫の言葉である。私が迷いながら行動を決意するときによく自分の精神をチェックするのに使う言葉でもある。私欲でことを起こすのが悪いといっているつもりはない。私心で事を始めるとどうしても壁に直面したとき力を搾り出す前に諦めてしまう。自分が欲を捨てたほうが楽であればすぐに放り出してしまうのが(弱い人間である)私だから。
しかし、自分の欲のために始めたことでなければ止めたら、誰かの期待を裏切ったり、達成し誰かを喜ばせようと思う夢を捨てねばならなくなる。私欲が無く善だと思うことは始めた以上そう簡単に辞める訳には行かない。当然、力を搾り出すことにもなる。だから成功する確率が高くなる。人は私利私欲でそんなに大きな力は出せないものと思う。凡人が事を起こし成功させる秘訣は動機が善であり私欲が無いことではないだろう

今日の言葉 「坂のせい、石のせい、靴のせい」
(解説) 人は歩いていて転んだときに、「坂だったから…」「石があったから…」「靴が履き慣れてなかったから…」などなど言い訳して自分の不注意のせいにはしないことが多い。自分にとって不都合なことを、心の中で親のせい、会社のせい、上司のせい、仲間のせい、社会のせいにしていることはなかろうか。本当は自分のせいなのに。
私にとって会社の状況が悪いのを景気のせいや取引先のせい、社員のせいではなく他の選択チャンスを掴み活かせない自分のせいと考えることなのだろう。自分のせいにするのは大変苦しいことだが解決法を探せることでもある。他のせいにするとその場は楽だがタナボタでいいことを待つだけになる。苦しい時代だからこそ例え他人のせいであっても自分のせいに考えるような気迫がないと事態は変わらないのだ。諸君、行動しなければ何も変わらないことだけは肝に銘じよう。

今日の言葉 「理解してから理解される」
(解説) 人は自分のことを回りの人に理解して欲しいと願う。自分の努力や自分の誠実さ自分の秘められた能力などなど。しかし、理解されていないという欲求不満で悶々とした日々を送る人は多い。自分が理解される前に、自分が回りの人を本当に理解してあげているかを問うてみよう。
子供や親のことさえ理解していないことがありはしないか。ましてや他人の集まりであるビジネス環境は理解することから始めなければ誰も自分を理解してくれないだろう。上司が、部下が、お客さんが、外注が、商社が、銀行が、悪いという前にもう一度自分が相手の立場での視点を理解しているのかじっくりと、本当にじっくり考えてみよう。相手があなたに期待しているものに応えていないことが無かろうか。あなたの家族もあなたに理解されるのを待ってはいないだろうか。

今日の言葉 「世の中が暗いというより、進んで灯を燈しましょう。」 聖パウロの言葉より
 昔、朝からラジオで放送していた道徳番組の冒頭で聞こえてきた言葉である。最近テレビに場所を移して放送しているのを懐かしく聞いた。私の頭に時々聞こえてくる好きな言葉でもある。他への不平を言うより自らが問題解決のため他人のために行動せよ、と聖人は言っているのだ。「坂のせい、石のせい、靴のせい」を言っても始まらない、自ら世の中を明るくする為に行動しよう。
今日の言葉  「常に夢を持つこと。志を捨てず難きに就く。」 
高柳健次郎の言葉。創業時より最も大切にしていた日本ビクター創設者高柳健次郎の言葉である。その頃は確か健在だった。一度訪問したいと思っていたがそれももう叶わない。
困難に出会うときそれから逃れたいが為、近道や手抜きを考える。しかし、それが巧くいかないと近道を探していた分、気力もなく大きな痛手となることが多い。難しい選択を敢えて選ぶと心の覚悟があるし、気力が充実していることで事態が最初巧くいかなくても好転することが多い。その敢えて困難な道を選ぶ気力を与えてくれるのが夢なのだ。夢の実現の為には人は逃げたりしない。だから夢を持つことを大切にしたい。

今日の言葉 「汝の良心の言葉に耳を傾け、それに従え」
この言葉は聖書が出所かも知れないが、私はカーネギーが母親からよく言われた言葉として聞いた思いがある。人は多くの場合、善悪の判断能力はあるが時として良心の声に耳を塞ぎ、悪魔の囁きに耳を貸してそれまで築いたものを壊してしまう。人は騙せても自分は騙せないが、人は弱いものだ。良心の痛みを感じながらも何度もその失敗を繰り返してしまう。私も誓いや約束を破るそのたびに自分の良心に従って生きようと反省するのだが。(タバコは止めたぞ!)

今日の言葉 「天は自ら助く者を助く」
中学英語の参考書の英文で覚えた“Heaven helps those help themselves”(??記憶に自信ないが…)が出会いだった。覚えて十年近くたった頃からこの意味を肌身に感じるようになった。万人を助ける神でさえ自分で努力しようとしない者は助けてくれないという。日本の浄土真宗のように悪人でさえ助けようと言うのとは一味違う。困難な問題に出会い努力は求められるが、努力すれば天が助けるというのは実によく今まで感じてきた。逆に巧くいかないのは自らできる努力を怠ったせいだと思えば、自分を奮い立たせることもできる。諸君、もう一度自分の壁に挑戦して天の力を感じて見ませんか?
念のため、私には宗教は全くありません。(宗教心はありえますが)

今日の言葉 「打つ手は無限」
昔、千手観音を見て悩んでいて二宮尊徳がハタと悟った言葉と聞いたことがあるが真偽は定かでない。「これしかない」などとと思いこまないと色んな発想も生まれる。「打つ手は無限」は気持ちの話ではなく真実だ。以下は誰かの詩?だ。よく表現している。
「打つ手は無限 」
すばらしい名画よりも、とてもすてきな宝石よりももっともっと大切なものを私は持っている
どんな時でも、どんな苦しい場合でも愚痴は言わない
参ったと泣き言を言わない
何か方法はないだろうか、何か方法はあるはずだ
周囲を見回してみよう
いろんな角度から眺めてみよう
人の知恵も借りてみよう
必ず何とかなるものである
なぜなら打つ手は常に無限であるからだ

今日の言葉 「我に心より働く仕事あれ、それをし遂げて死なんと思う」
 私の好きな石川啄木の歌の一つ。若い頃人生に目標を失っていた時代があった。其の頃出会って心にずっと突き刺さっている。今、自分の仕事に百%満足しているわけではないし、他にもしたい仕事が沢山ある。しかし、あの何の目標も見出せず、生きることにさえ価値を見出せなかった頃に比べれば幸せだと感じる日々がもう四半世紀続いている。だから時々あの頃の私のような若者に出会うとお節介をやきたくなる

今日の言葉 「念ずれば花開く」
大変有名な言葉だ。熊本県出身の仏教詩人坂村信民氏の言葉だ。氏が子供の頃、お母さんが「物事は願うでなく、念じる位に思って行動すればいつか花が咲くものだよ。」よく口にしていた言葉だという。
 最近、私の知人からこの言葉を額装したものを頂いた。私も好きな言葉だし多くの人が座右の銘としている。そのうちに嘉島事業所に掲示しようと思っている。
かって、私の知り合いのある経営者も名刺に大きく描いていた。その人はその後会社が破綻し、病気で言葉や表情さえ失い瞬きだけが表現の方法となり遂にはこの世を去った。しかし、実に生き方は爽快で見事な人だった。この言葉を見聞きする度にその人を思い出す。その人の病床がどのような境地だったのか今では知るすべもないが、思いっきり行きた人生に悔いはなかったものと思いたい。

今日の言葉 「百尺竿頭進一歩」
自分を奮い立たせるときの言葉。禅語だ。崖に突き出た百尺(約三百メートル)の竿(さお)の先に立っても更に一歩先に足を進める気力を持てという言葉と理解している。生きていると恐怖に足がすくみそうになることも多い。絶望感で判断力を無くしそうな事もある。そんな時に次の手を打つ時この言葉が支えてくれる。同じような言葉に「実を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」もある。三十二歳でサラリーマンを辞めるときにこの言葉を胸に抱いたのを思い出す。やっぱり怖かったんだなあと今改めて思う。

今日の言葉 「恐れは恐れを現実化する」
(解説) 似た様な言葉に「断じて行えば鬼神もこれを避く」要はびくびくして、悪い事が起きなければという様な思いが心に大きなトラブルを呼び込んでしまう。トラブルや困難に敢えて立ち向かう時に、逃げる恐怖心が問題を拡大してしまう。大きな困難に自ら立ち向かう気概を持とう。

今日の言葉 「凡時徹底」
 イエローハットの創業者で掃除を極め尽すことで有名な鍵山秀三郎氏の言葉で有名。人には生まれながらに能力というものがあるかもしれない。それは時としては人に序列を作ることもある。しかし、生まれ持った能力よりも遥かに人の成果や評価に繋がるのが些細で当たり前のことを徹底してやり続けることだと氏はいう。
誰にも出来ることを徹底してやり抜くと自分が変わり回りが変わり成果が変わってくる。簡単なことを軽く考え、多くの人は気持ちを注ぎ込まない。氏が勧める朝の掃除は誰にでも出来ることではあるが、それを毎日徹底して気持ち注ぎ込める人はそれだけで達人であり、掃除以外のところにも必ず成果を残している。そのことに気づかない人が凡時に手を抜きながら日々悶々として暮らしている。
正に簡単ではあるが難しいことかもしれない。
「着眼大局 着手小局」
だれの言葉か思い出せないが、大局観をもって小事に取り組めということか。大言壮語するだけの評論でもなく、小言愚痴ばかりでもなく理想をもって目の前の草取りから始めよう

「総じて人は、己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ」
西郷隆盛遺訓二十一条

「敵は己の妥協にあり」 ~井村雅代~
 久しぶりに現役指導者のいい言葉に出会った。「やれなかった やらなかった どっちかな」とか「己に克を以て成り、自らを愛するをもって敗るる」など似たことを指す言葉は多い。簡潔に自己責任を示す言葉として部屋に掲げたいような言葉だ

Das Beste order nicht(最善か無か) ~ゴットリープ・ダイムラー~
 ダイムラー社(ベンツのメーカー)の創業者の言葉であり、かってダイムラー・ベンツ社の企業スローガンとして掲げられた。常に最高のモノでなければ無に等しい、という常に最高を追い求める姿勢が世界最高の車メルセデス・ベンツを造った。そのころのベンツでは「全ての形に理由がある」ともいわれるほど安易な設計は許されなかった。妥協しない姿勢恐ろしいほどだった。

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