社長の部屋PRESIDENT ROOM

03.随想編

哲学回帰 その1

2021.09.13

 最近、妙に哲学関連の本を読むようになった。学生時代に精神が野山をさまよった頃、背伸びして幾つかの哲学書や人生論、宗教に手を付けたが何も得られず時間だけ投入して彷徨った挙句に考えることをやめ、汗と成果の単純な価値観の製造業世界に逃げ込んだ。もう精神世界に戻りたくないと思っていた。何故なら苦しんでも分からないから。

 

 60歳過ぎて、若い頃に興味を持った禅や堕落文学に足を踏み入れてみると、不思議なくらいに昔見えなかった世界が見え始めたような気がする。哲学も宗教も議論や説教の為のモノではなく、何か真理を見るための道具として捉えるようなった。

 例えば会社を興した頃から自信がない創業者であった私の仮説、「同じものを見ていても心の中に投影される像は全く違うのではないか。経営者としての知識や経験の基盤を持っていない私には本質を捉えることが出来なくて、対応に失敗する。遅れて気づくことを繰り返しているのではないか」、実態を真実としてあるがままに捉えるなど極めて困難だと感じていた。最近出会ったスイスのソシュールによれば、持っている言葉の概念が違えば捉える実態も心の中では違ってしまうという。私と他人の捉え方が違うのは当然だし、私の若い頃と今の私は経験も言葉も違うので捉え方も違う。だから進歩して捉えることも期待できる。だから昔は読んで消化できなかった概念が今は自然に受け入れられることも想像に難くない。珍しく齢を重ねた甲斐があったと感じた。

 

 昔は想いや空虚さはあっても、私の心の中に受け入れる語彙も経験もなかった。人生60歳を超えてやっとその準備ができたようだ。哲学は面白くてたまらない。難しいものではなくて、人生を分かりやすくしてくれるもの、人生の面白さや価値を示してくれるものになった。受け入れ準備がない間にこれを求めすぎると理解を諦め、無批判に宗教の様なものを受け入れてしまう。

 

 疑って受け止め充分に理解し消化できる歳になってこそ哲学は宗教より面白くなってきた。私には禅も宗教であり、だからこそ納得している部分を素直に受け入れられる。哲学とは少し違うのも理解できる。しかし、それも合わせて受け取れる自分を感じる。人間関係や出世栄達の為でなく生きていく面白さの為だ。古人たちが一生懸命に悩み考えて来た仮説を紐解くのは面白い。

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